『東京芸大の講習会へ行ったときのエピソード』
「昭和37年、東京芸術大学で夏期講習会が開かれる事を知りました。夏休み期間を利用して、絵を志す学生や一般市民を対象に、芸大の先生方が直接指導して下さる講習会です。
私は専門教育を受けた事はなく、ただ好きで自己流でやって来たので、この機会にぜひ受講したいと思い申し込みましたが、もうすでに定員に達していてダメでした。
次の年は前もって申込書を取り寄せましたが、デザイン科が廃止され、絵画部門だけになってしまいました。しかし芸大の直接指導を受ける機会は、この時期以外にはないので申し込みました。
職場の雰囲気は、とても二週間の休みを取れる状態ではなかったので、思いきって“仮病”・・・夏風邪をこじらせた・・・といって休み、上野へ通いました。

いつも会社へ出る時間より1時間以上も早い電車に乗るのですが、列に並んで1〜2本待てば座っていけるのですが、当時は冷房はついていませんので、窓を開け風を入れ、走っているときはまずまず涼しいのですが、駅に止まる度に、夏の太陽に熱せられた線路の熱気と電車のモーターの熱気がムーッと入ってきてあらためて通勤地獄を経験したのです。上野から芸大までも、重いイーゼルや油絵の道具を持って汗びっしょりで通いました。
そんなわけで、家で休んでいるはずなのに、日焼けして出社することになり、これはマズイと思いましたが、やはり疲れが出ていたのか、少しヤツレていたらしく大事にはならずに済みました。
指導していただいた先生は、中根寛先生、久保守先生などで、大学院生の方々も巡回して指導して下さいました。
次の年も、もう一年いってみようと思い、今度はきちんと話をして研修扱いにしてもらい、幸いでした。私はしばらく“絵”を描いていなかったので、ずいぶん苦労しました。最後に講堂に全員集まり課題作品の講評を受けましたが、私の作品は“酷評”を受けてしまいました。
そのときの講評に林武先生と山口薫先生が居られ、お二人の話は、まるで禅問答のようで面白く印象に残っています。この二年間通算わずか四週間程度の講習でしたが、私にとっては大きな収穫があり、特に“目で見る”ことの大切さそして“具象”の意味を感じとれたことは大きいと思います。
以後の仕事の上でも、今現在の仕事でも、そのときの経験がなければ随分困っていると思います。」
※面白いお話だったので番外編としてご本人の書かれたままの文章を掲載いたしました。 (珠屋HP編集部)