僕は四分の一日本人“ご飯のおかわりお願いします。(1)” MTW001/2002/April

一世代前のドイツ人の味覚にセンスがあるとは云い難い。フランス料理は勿論の事、イタリア料理、ギリシャやトルコ料理もドイツの料理に比べると、栄養のバランスも見た目もずっと良い。
ドイツの冬は長く、新鮮な野菜や果実も南ヨーロッパに比べて限られるから、当然の事だったとも云える。今日では運輸の便も大変良くなって、地球の裏側からやってくる珍しい肉や果実・野菜がいつでも手に入るようになった。又ここ10年来、若い人達ばかりでなく中年の世代までが南ヨーロッパは勿論、アフリカやアジア諸島にも出掛けて行き、食の趣向をすっかり変えてしまった。
私がかつての西ベルリンに留学した頃、1966年当時には店頭に茄子やズッキーニなど見た事もなかった。
冬の間は、キャベツに赤キャベツにニンジン、それらをゴタゴタと煮たり酢漬けにしたりして、煮込んだ肉とジャガイモに加えて食べていた。たまに食べれば油っぽい重いソースも美味しいが、それが1週間に3回・4回では胃が重くなる。
その当時、大学の学生食堂では一番高いメニュー

が250円位、その下が180円位でスープからデザートまで出た。買い物に行ったり料理をしている時間がもったいなかったから、月曜日から金曜日までは大学の食堂(メンザ)で、昼食を済ませた。
疲れると日本食が恋しくなる。その頃、西ベルリンには「東京レストラン」と云う日本料理店がヨーロッパセンターの2階にあった。音楽大学で一緒に学ぶ声楽家の友達がそのレストランで1週間に二度アルバイトをしていたが、学生時代そこにお客として行ったのは、日本から叔父がやってきて連れて行ってくれた時のみである。
それでも私は1ヶ月に一度、小包を日本から送ってもらう贅沢な身分だった。もっとも1ヶ月に送れる

円の制限が国で決められていた時代だから、音楽大学に学ぶ2年間にハンカチーフ1枚買わなかった。
ドイツ人の趣向が変ったと云ったが現在ではベルリンでも30軒からの日本料理店がある。日本の食料品を売る店もあちらこちらに見られ、味噌・醤油は勿論、かまぼこや枝豆などの冷凍食品も簡単に手に入る。
寿司の話をすると“えっ、生で魚を食べるの?”と眉をひそめていたドイツ人が、寿司屋のHappy Hourの時間に何人も立って席の空くのを待っている。マグロ・鮭・海老・甘海老・タコ・イカ・赤貝・平貝・〆鯖・イクラ・玉子・鉄火巻・カッパ巻・太巻・アボカド巻と云った具合。
私達の孫、8才のルカスは私達

の娘“詩(Uta)”を母に、ドイツ人のボリスを父にしているから、4分の1日本人の血が入っている。長い睫毛の下の青い大きな目はパパからもらったものだが、黒いしっかりとした髪の毛は私のものだ。そして、その味覚がまったく日本人なのだ。寿司に始まり、味噌汁・蕎麦・焼き海苔でご飯。
現在、やはり声楽家になった娘がドレスデンに近い劇場で歌っている。彼等がベルリンに来て食事を共にする事は、1年の間にそう多くはない。彼等がベルリンに来て必ずする事は、昔の友達に会う事とお寿司を食べに行くことだ。時間のない時には、私の手作りでお味噌汁とお刺身とご飯、嬉しそうな顔で「ご飯おかわりお願いします。」となる。そんな孫を見て、主人と私も幸せな気持ちになる。