僕は四分の一日本人
“
だから、空手にも才能があるんだ!(2)
” MTW002/2002/may
ドイツに留学しドイツ人と結婚をし、永住許可のスタンプをパスポートに押されて、いつの間にか34年が経ってしまった。
ドイツでの滞在が長いしドイツ人と結婚しているのであるから、ドイツの国籍は勿論取れるわけである。夫ばかりでなく、娘の詩(うた)も孫のルカスもドイツ人なのである。日本の国籍を捨てて私もドイツ人になってしまおうか?
いや、たとえドイツの国籍を持ったところで私は、他人からみれば黄色い膚の東洋人なのである。血も肉も国民性も日本人であることに、私は誇りを持っている。それで、ミチコ・タカナシ-ビゼメスと両姓名を名乗り現在では、日本の国籍を持ち続け、ドイツ国家公務員となり、シュトットガルト国立音楽大学で声楽を教えている。
ドイツに来たばかりの頃はヨーロッパ人は皆同じ様に見えた。ヨーロッパ人から見れば、日本人も中国人も韓国人もタイ人も皆同じなのと一緒である。
ところで、韓国人の生徒は良い声をしている人が多い。私が思うにきっと楽器となる頭や顔、また肩や胸の骨や筋肉が良質なのである。母国語の母音・子音が響鳴腔や響鳴板と骨を磨き上げるのだ。また、唐辛子やニンニクのきいたキムチが張りのある声を作るのに関係しているのかも知れない!?
シュトットガルトの音楽大学でオペラクラス・リードクラス(歌曲)に学ぶ日本人の学生や韓国人の学生をたくさん見てきた。私のクラスに学ぶ韓国人のスン・ヨン・ソンは4年の基礎課程を最優秀の成績で卒業し、現在専攻科に学び、私には自分の娘のようにさえ思える。
教授達の間では、どちらかといえば日本人の生徒は熱心で、韓国人の生徒はのんびり構えているという評価だが、、、。
そんなわけで、私は最初の学期に朝寝坊のスン・ヨンを第1番9時にプランに入れてレッスンをした。9時のレッスンを受ける為には6時、おそくとも7時に起床しなければ、筋肉が等が思うように働かず、楽器(声)が鳴らない。
現在では多くのコンサートに出演し、スイスでのオペラ公演モーツアルトの“ドン・ジョヴァンニ”にドンナ、アンナ役で出演し、大好評を得た。
ここ数年来留学が可能になって、中国人の学生が入ってきた。中国人は美しい張りのある声を持ち、頭も良く熱心な学生が多い。
一口に東洋人と云ってもそれぞれのキャラクターがあるように、ヨーロッパ人にもその違いがあるのが私にもわかってきた。控えめで第三者の生活に介入しない英国人は、無関心でなく他人の人格を尊重しているからである。
ドイツ人の自分の方が優ると見た相手に対する行動の干渉を良しとは思えないが、フランス人の人種に対する心は差別を超えて無関心という冷たさを感じる。
気位の高いスペイン人、子供好きで陽気なイタリア人。ニコニコ
しながら市場等で良くだまされるが、どこか憎めないところがある。もっとも北部のイタリア人と南部のイタリア人とは全く気質を異にする。北部のイタリア人はどちらかと云うとドイツ人に似ている。
ドイツ人も北部と南部では異なり、北部のベルリンでは人が地図を手に道端に立っていても、声を掛けて助け舟をだしたりはしない。それに比べて南ドイツ、ミュンヘン等のレストランに入れば隣のテーブルからすぐに声が掛かる“この料理が美味しいから、これにしなさい!”と勧めてくる。ビールのジョッキを上げて“乾杯”の意を表したりする。といった地方によるキャラクターの差はあるが、ドイツ人は独立独歩の国民である。“会社の為に”等と云って家庭を犠牲にしたりする事はない。
また、親子でも成人した子供には親の意見を強制しない。成人すると早く親の元から手を離し独立させる。当然、教授と生徒の付き合いにも親が介入しない。ドイツ人は良い事ではないと思いながら傍観する、余程事が進むとお巡りさんを引っ張ってくる。
若い母親や父親は彼等自身がまだ子供の域を抜けきれず生活に疲れきっているから、大声で子供を叱ったり手を上げる。私は何度かそんな親に声を掛け、仲裁役になった。ある時、地下鉄で4才位の子供が“ママごめんなさい”と泣きながら母親の足にすがって追いかけているのに、母親は子供の顔を見ようともせず、どんどん先に歩いていった。
私が“子供は、謝っているのだから”と声を掛けると“あなたの知った事ではないでしょ!”と怒鳴られた。それでも疲れた顔をした母親は子供の手をとって、私の方を盗み見するようにしてエスカレータを昇っていった。
私の孫8才のルカスは空手を習っている。私も数回その道場に行って稽古を見せてもらった。ルカスは白い練習着にオレンジ色の帯をしめて、20人位のグループの中で先生の技を見ながら「気合い!」「気合い!」と声を出して練習をしている。前方の壁には鏡が張られているから、直接ルカスを見なくても彼等の動きがよく見える。ルカスは一心に手を伸ばし、腰を落として、なかなか良い格好である。
8才から11才位までの子供のグループで女の子も混じっている。ここ、ザクセンの学校は朝7時半に始まるから、午後5時に始まる空手の稽古に来る頃には一日の疲れも出て集中力も衰えてくる。
一人身体もあまり大きくない8才位の男の子が、ペルー人の先生の注意も余り聴かず静止しなければならない時に無意味に身体を動かしていた。突然、先生がその子を指し“君、出なさい!”と叱った。子供は驚き泣きそうな顔をして道場を出ていった。稽古が始まって15分位しかたっていなかったから、まだ、45分稽古時間が残っている。私の他にも3人親らしき人が稽古を見ていた。
私は足音を忍ばせて子供が姿を消した扉を押して道場を出た。今、道場から出された子供は着替え室の前でうつむいて鼻をすすっていた。私はその子の背に手をおいて“もう一度入って、先生に謝りなさい。もう少し先生の云う事を聴いて、他の事を考えないで皆と一緒に稽古に集中しなさい。”と云ってみた。黙ってうなずいて、練習着の袖で涙をぬぐい私と一緒に道場に戻り、一人先生の前に座って何か言っている。先生も、うなずいて子供の背を押した。
6時過ぎに稽古が終わり、先程出された子供も大元気で他の子供と駆けて着替え室にいった。孫のルカスが私の所に飛んで来て“ミミ、あの子を助けてあげたの?”と嬉しそうに私の手を握った。そして、“僕は四分の一日本人だから、空手にも才能があるんだ!”と云って、オレンジの帯をパシッ!と床に叩き付けた。
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僕は四分の一日本人“ご飯のおかわりお願いします。”
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