僕は四分の一日本人“僕の誕生日(3)”  MTW003/2002/October
 月が変わって、僕は勉強机の上にかかっているカレンダーを1枚1枚落とし、30日が来るのを指折り数えて待った。9才になるのだから9人友達を招待して良いとママが云った。もっとも30日は木曜日でみんな放課後も大抵スポーツや音楽やその他の稽古があるから、週末に後祝いをすることになる。
 翌々日の土曜日にはママが歌っているオペラハウスで、モーツアルトのオペラ“コシ・ファン・トッテ”のプリミエだ。連日猛練習で誕生日祝いどころではない。僕も数回練習を見に行った。暗い劇場の客席には人が散らばって座っている。ママはデスピーナ役を演じるのだが、ものすごく滑稽で僕はゲラゲラと笑ってしまった。
 誕生日の後祝いは9日の日曜日と決まった。ママはコンピュータで招待状を作っても良いと云ったけれど、自分の手書きで招待状を作ることにした。
 30日、枕元の目覚ましがなる15分前に目が覚めた。そっと足音をしのばせて居間に通じるドアを開けると、ママがもう起きていてにっこりと笑って“お誕生日おめでとう!”と云って僕を抱き寄せた。
 横目で見る誕生日のテーブルの上に9本のロウソク(生命の象徴)が明るくゆれて、起きたての目に眩しい。綺麗な包装紙やリボンと一緒に新品の自転車が見える。もう我慢出来ない。“ワッー!”と云ってテーブルに駆け寄った。しばらく自転車をなでていたが“Cool!”と声をあげて乗ってみる。“マルティンおじいちゃんとミミのプレゼントよ”とママが説明する。“さぁ、急がないと学校に遅れるから顔を洗ってらっしゃい。”昨日はお風呂に入ったからシャワーは浴びなくていい!今持っているズボンの中で一番新しい紺色のコールテンをはき、赤いTシャツを着る。急いで台所に行きコーンフレークにミルクをかけて口一杯に頬張る。ママが3口位で食べれるようなケーキを学校のクラスメートの為に焼いてくれた。各々、緑・黄・ピンクのひだのついた包み紙にくるんである。“22個あるから!”とママが云った。
 7時15分、ドアのベルが鳴る。ルーシーがいつものように下で待っているのだ。階段を滑り降りるように4階から一気に駆け降りる。ランドセルは重いけれど降りる時は簡単だ。途中エニーサをさそって3人で学校に着く。7時30分、始まりのベルが鳴ると間もなく担任のシューデルバッハ先生が元気に入って来る。教壇に立つと眼鏡を下にずらして、僕の方を見ながら“今日はルカス君の誕生日です、おめでとう!”と云った。一斉にいろいろな声があがる。2、3列前に座っている親友のパウルが、昨日受け取ったばかりの招待状を見せながら何度もうなづく。
 12時過ぎに授業が終わり、僕は学童保育に行かずにまっすぐ家に帰る。パパとヴォルガングおじいちゃん、アマ(ガービーことパパのママ)がベルリンからやって来るからだ。ママが劇場から昼休みに戻って、みんなで食事に行く。あぁよかった!パパはポケモンのゲームソフトとハリーポッターの全4刊をプレゼントしてくれた。ママはあまり良い顔をしない。僕が熱中しすぎるからだ。

 いよいよ9日遅れの誕生日のパーティーだ。ママと考えたチョコレートフォンデューとハンバーガーを用意した。ミミがフォンデューに使う果物をシュトットガルトから沢山持って来てくれた。ママは苺のデコレーションケーキを焼いてくれた。“ママのケーキが美味しいのは、珠屋の味を忘れないでいるからよ!”とママは云う。僕は夏の休暇でフランスやイタリー、ポルトガル、デンマーク、カナリヤ島まで行った事があるけれど、日本にはまだ行っていない。10才になったら行こうと決めている。
 色とりどりの提灯や銀紙金紙を天井からつるし、ダイニングのテーブルを広げて10人分のセッティングも出来た。約束の3時きっかりに玄関のブザーが鳴る。一番にやってきたのはやっぱりパウルだ。男の子は6人、女の子はゾフィー、エニーサ、ルーシー(→)の3人だ。
 ママは色々なゲームを用意した。その中でみんなが気に入ったのは、地図を持ち、難題を解き、道路に示されている矢印をたどって公園まで行き、何と回り道をして戻った家の屋根裏に隠されている宝を探す遊びだ。
 それと白い半袖のTシャツに特別の絵具で絵を描く遊び。男の子たちは、フットボールのチームのマークや車、エニーサは亀の絵、ルーシーはヤノッシュの虎と熊を描いた。ママは出来上がったTシャツに次々とアイロンをかけながら“あぁ、好かった。ポケモンがなくて”“みんな上手ね!”と褒めてくれた。
 最後のゲームはリトミック・ダンスだ。マルティンおじいちゃんは音楽係、CDから流れる音を大きくしたり小さくしたり、急に音が止まる。それと同時に動きを止める。わっ、、、、!数秒間息を止めて、上げた足が落ちないように、広げた手が動かないように、少しでも動いたら抜けなくてはならない。ミミもソファーに座りながら審判をしている。可笑しな格好にみんな大笑い!
 たちまちのうちに時が過ぎ7時になり、迎えのベルが鳴り始める。一人一人に握手をしながら、プレゼントのお礼や明日学校である授業の話を合間にして、みんなに別れを告げる。僕は急に気が抜けたような心地よいだるさを感じてソファーに長々と横になった。大きなテーブルの上にプレゼントや小さな花束がいくつも見える。リコーが彼のお母さんと一緒に作ったシロップ。ライモンドが自分で作った手帳。フェリックスが口のまわりをチョコでべたべたにしながらフォンデューを掻き回して、フォークから落ちた苺やパイナップルを捜していたクリクリした目が見える。思わず可笑しくて、一人くすくす笑ってしまった。ママが部屋に入ってきて“お誕生日パーティー気に入った?”と僕の顔を覗きこむ。僕はママの首に手をまわして“ありがとう”のサインをした。
 私もまたその昔の誕生日の事を思い出していた。一人娘の詩(Uta)を産んだ前の年である。当時、ケルン国立劇場と契約して歌っていたから、出産の為の休暇を得て12月の始めにベルリンのマルティンの元へ帰った。12月21日の夜もまた12時を過ぎて床につく用意をした。ドイツ人から見ればまだ、こじんまりとしたお腹であったが私にしてみれば大きく、あと2ヶ月たらずで母親になるのかとお腹をさすりながら浴室へ行く。シャワーを浴びてさっぱりとした気持ちで廊下に出るとさっきつけておいた明かりが消えている。“マルティン!”と夫の名を呼びながら居間の扉を開いて息が止まった。
 部屋の電気が消え、30本のローソクの火が揺れ、30本の薔薇といくつかの贈り物がテーブルの上に乗せられている。プレゼントの一つの包みを開けると、深いピンク色のベルベットのガウンであった。お産後の病院での滞在を考えてのプレゼントであろう。早速、柔らかな肌触りに袖を通してみる。彼は私の肩を抱いて“君がこの世に生まれて、僕は一番の幸せ者だ。30才の誕生日おめでとう!”と、、、、、。
 遠い昔のようであり、ついこの間のような気もする。

※写真撮影はマルティン・ビゼメス(Martin Wiesemes)氏
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僕は四分の一日本人“僕の誕生日”