
★韓国人のスン・ニョンは大学院の卒業試験で1時間の公開演奏を大喝采で終わり、ビデオテープとともに合格の報告をしてきた。
★本科四年の課程を終えて大学院への希望を出していたアイスランド人のマルグリットとドイツ人のダニエラもそれぞれ50分間の公開演奏を行いGut,2点を得、又最高点24点のところ大学院に進むに必要な20点と21点を得て無事卒業試験を終えた。
★教育科から本科の声楽に移る試験を受けた美しく、やわらかい声を持ち、非常に音楽的なドイツ人のバリトン・パウルスとボリュームのある強い声をほぼ3オクターブ持つメッツォ・ソプラノのコルネリアも試験に合格。
★教育科の中間試験を受けたロシア人のイリナも問題なくパスした。
黒矢は試験日の最後にやってきた。本科の声楽の中間試験を受けるギリシャ人とドイツ人の混血のナスタシアに飛んだ。大柄で声の質も美しくボリュームもあり、欲を言えばもう少し、知的な感性を研ぎ澄まし表現することが出来れば、キャラクターのある役をオペラで演じ、歌曲にも深みが増すであろうと思うが、ムゼッタのアリアの高音がきちんと当たらなかったと言うだけで、中間試験にパスしないと云う事は考えられない。理由は他にあった。
数年前に私は彼の生徒を中間試験で合格に反対したのだ。楽器となる骨組はしっかりしてはいるのだが舞台に立った姿に魅力はなく声にも張りがなく息が洩れてテクニックも出来ていなかった。又演奏した曲も小曲でソプラノであるのに高音もきかせず、中声は全く鳴っていなかった。
2曲の演奏が終わると彼は“はい、ありがとう”と云った。私は“あら、もう終わり?バッハを聞かせてください”と申し出た。それでも“いや、結構”と生徒を試験場から出した。他の教授や講師の試験官たちは議長(彼)の顔を見つめただけで一言もコメントしなかった。それで私も荷物をまとめて部屋を出、試験の記録書にサインをしなかった。
《ドイツの音大では職業演奏家又は教育者としてその才能を持ち合わせ、通用するか否かという点で入学試験が行われ、2年後、中間試験でそれをもう一度検討する。日本の私立の音楽大学で行われているような趣味として音楽をする程度では入学できない。審査員の規定はどの卒業試験にも最低3人の教授がいなければならず、教育科の卒業試験には文部省から議長を務める者が試験に立ち合う。本科の卒業試験は一般公開で学長が議長を務める》
その仕返しがナスタシヤにやって来たのだ・・・幸い、彼女の父親は彼自身、医者になろうか、声楽家になろうか悩んだ末医者になったのだが、今でも美しいテノールの声を磨きながら、音楽界の難しさにも通じていて「大学を出ればいくらでもそんな事は体験するのだから気にする事はない。」と娘を慰め、私にも丁寧なお見舞い状が届いた。